大江橋クリニックの診療方針

大江橋クリニックでは患者さん一人一人に十分な診療時間を確保し、医学的に根拠のある医療を患者さんにご理解いただける言葉できちんと説明し、納得いただいた上で治療を進める方針をとっています。
大勢の患者さんをお待たせせずに短時間で次々と診療していくスタイルとは対極にあり、どうしても待ち時間が多く発生します。特に初診の方や、症状が時間とともに変わったり新しいお悩みが加わったりした場合は、診察時間が長くなります。
一見すいていても待ちます!ご了承ください。

大江橋クリニックは開業以来、一人一人の診察に時間をかけて、お悩みの本質をきちんと診断し、患者さんにご理解いただける言葉を選んで詳しく説明し、「なぜそうすべきなのか」納得いただいた上で患者さんとともに治療を進める方針をとっています。
初診で間に合わせの薬を出したり、患部を見ずに処方を決めたりすることはありません。急いでいるから薬だけ欲しい、今だけ症状が抑えらればいい、面倒な説明はいらない、前医と同じ薬が欲しい、そうお考えでしたら大江橋クリニックには向いていません。

大江橋クリニックでは、広く認められた正しい医学知識に則り、保険診療のみならず美容治療においても、正統的な治療を行なうことを基本方針としています。学会の治療ガイドラインがあれば出来るだけそれに従い、怪しげな治療法は排除します。

主に美容治療などでは往々にして最新の治療がもてはやされますが、最新は最良ではありません。リスクも多く、実験的な治療となります。効果の不確かなもの、副作用情報の出揃わないものは排除し、できる限り根拠と実績のある治療を行なって行きます。

治療方針をご理解いただいた上で、できるだけスピーディーに症状が軽快するように工夫して行きます。患者さんの症状や体質は人それぞれです。特に初期の間は、頻繁な診察で軌道修正を図っていく必要があります。

最初から1ヶ月分の薬を出したり、よく効くからと強い薬を長期間出したりはできません。患者さんの状態を見ながら、短いスパンで薬を変更していくことも時には必要になります。
また、美容手術や形成外科手術の術後も、抜糸したら通院不要、1ヶ月みたら終わり、ではなく、手術翌日から頻回に診察し、本当に治ったと言えるようになるまで数ヶ月から場合によっては数年にわたり診察します。こうすることで不測の事態を未然に防ぎ、出来るだけ傷跡が気にならない、不満の少ない結果が得られるよう工夫をしています。
この方針は遠方からおいでになる患者さんでも変わりません。長距離バスや新幹線、飛行機で通院していただくのは時間もお金もかかり大変なことは承知していますが、例え国外からの患者さんであっても定期的に通院していただきます。それができない患者さんの治療はお引き受けできません。通院にご協力ください。

病気は医者が治すものではありません。医師は患者さんのガイドですが、頂上へは患者さん自らの足で歩いて登らなければなりません。

薬を塗るのも、テーピングをするのも、異常に気づいたら診察を受けるのも、患者さん自身です。飲まずに・塗らずに治る薬はありません。放置すれば再発したり悪化したりする病気も数多くあります。術後は定期的にケアしないと綺麗な傷跡にはなりません。間違った方向に歩いたら、その分時間をかけてご自身で元の位置に戻らなければなりません。

治療とは、医師と患者さんが戦友となり、肩を並べて病気と戦うことです。嘘をついたり隠し事をしたり、都合の悪いことをごまかしたりする間柄では戦友にはなれません。共通の敵・病気と安心して戦うために、できる限りの情報を共有したいと考えています。

治らないから医者を変えてみる、というのは良い戦略ではありません。治らない理由を治療のプロである医者と一緒に考えるべきです。どの医師も最初は一般的な治療法から試してみるものです。最初から特殊な治療を試みる医者は怪しいと思うべきです。どこに行っても同じ薬しか出さない、というのは、真っ当な医師に出会っている証拠であり、実は当然なのです。

一般的に医師の方が患者さんよりも、医学知識も経験も豊富です。うまくいかない時にはどこが合わないのか医師と納得するまで相談しましょう。一般的な治療でうまくいかない時、隠れた原因を探るには、お互いの常識「当たり前」を疑ってみる必要も出てきます。

様々な手術の後はもちろん、アトピーやイボ、水虫、じんましんなど様々な皮膚のトラブルは、調子が良くなってからのひと頑張りが再発を防ぎ、完治に結びつきます。

だいたい良くなったから、と通院を途中でやめてしまうと、残っていた種火が徐々に勢いを増し、前よりも治療が難しくなってしまうことがあります。これでよし、終わり、もう大丈夫、というまで治療は続けてください。後一踏ん張りが一生の快適さにつながります。

院長と副院長は、違うようで良く似た、同じようで一味違う経歴を歩んできました。二人とも形成外科医と皮膚科医、両方の研修を経てキャリアを重ね、美容外科クリニックでの勤務経験もあります。一人で開業しようと思えば出来たでしょう。

しかし、不思議な出会いを経て二人はお互いに信頼しあい、自分のより得意な分野に診療の中心を少しずつシフトし、協力して診療に当たる形成外科医と皮膚科医になりました。二人が隣同士で別々に診療しながら互いの診療を折に触れて手伝い、重なり合う部分もありながら原則的に守備範囲を分けることで、全体としての大江橋クリニックは、より大きく深くなりました。

もちろん今日も、お互いに相談しあい、相手の領域を、意見を尊重しながら、できることは協力して日々の診療に当たっています。

切開処置や手術、レーザー治療など外科的な処置が必要になる症状は主に院長が担当し、塗り薬・内服薬が診療の中心になる、じっくりと説明を必要とする症状は副院長が受け持ちます。それぞれの医師が自分の持ち味を生かし連携して治療に当たっています。同じ症状に対しそれぞれの医師が違う言葉・表現で説明したとしても、本質的には同じ医療であることを、経験した方は理解していただけると思います。

手術やレーザー治療に際しては、充実した治療をゆっくりお受けいただけるように、予約枠もゆったりと設定しています。5分刻み、10分刻みではなく、半日に1人か2人の予約しかお受けしていません。特に手術は万一に備え二人の医師が揃って患者さんを見守る体制をとっているため、手術時間にはその他の診療は全てストップし、院内はその患者さんの貸切状態になります。今まで深刻な事故やトラブルは1件も起こしていません。その反面、予約が取りにくかったり長時間お待たせする場合も生じます。

混みすぎないよう特段宣伝もせず看板もあげずひっそりと診療しておりますが、一部の時間に患者さんが集中し大変混み合います。その場合再診の患者さんを優先し、初診の方は長時間お待たせすることがあります。
大江橋クリニックを気に入ってくださり、何度も通院していただいている患者さんへの最大限の配慮は重要だと考えています。

初診の患者さんの診察には時間がかかるため、その間心ならずも多くの患者さんを長時間お待たせすることになります。できるだけ効率的に、全員の待ち時間が総合的に短くなるよう工夫して順番を調整しています。初診患者さんにとっても、時間に追われずじっくりと相談できる時間をできるだけ確保したいと思っています。

でもご安心ください。初めての患者さんには長時間お待ちいただくこともありますが、その分きっちりと時間をとってお話を聞き、診察し、お悩みの本質を明らかにして治療に取り掛かります。カルテが出来上がったら、あなたも大江橋クリニックの患者さんなのですから、次回からは何度も通っていただいている患者さんとして対応いたします。

大江橋クリニックには開業以来ずっと通ってくださる患者さんもいます。基本的には何度も通院してくださっている患者さんが優先されます。しかしそれを特権だとは思わないでください。お待ちいただいている他の患者さんへのご配慮をいただけない場合は、それなりの対応を取らなければならない場合もあります。

セキュリティには力を入れており、玄関、待合室、受付には赤外線感知システムと連動した監視カメラが複数設置され、盗難や犯罪を未然に防いでいます。外部からの問い合わせには本人確認を徹底するなど、個人情報保護には細心の注意を払っています。

バリアフリーにも配慮し診察室までは段差なくお入りいただけます。ビルの防災センターとも連携し、安全に気を配れるようになりました。何かトラブルがあれば天満警察署からもすぐに駆けつけてくれることになっています。

患者さんの個人情報管理にも注意を払っています。外部からの電話やメールでの問い合わせには、ご本人からと確認が取れない限り応じません。病名や通院履歴はもちろん、些細な情報であってもご本人の同意がない限り外部には漏れないようにしています。

美容の診察(再診)や手術、レーザーは予約制です。診療は保険の患者さんと同じ時間帯ですが、できるだけお待たせしないようにしています。

診察室の奥には美容治療と手術・レーザーの患者さんだけがお入りいただけるスペースをご用意し、ここちよくお過ごしいただけるようにつとめております。「レーザー室」前には専用待合室がしつらえてあります。「手術室」前には専用更衣室もあります。

専用待合室やレーザー室の家具調度は、時々取り替えて雰囲気を変えています。基本的には患者さんが重ならないように工夫していますので、お一人で自由にお過ごしいただけます。家具類の多くはオーダー品、特注品、一点ものであり、他ではご覧になれないものです。稀少性に気づいていただけると嬉しいです。

保険診療はその性質上、快適にお過ごしいただく演出にも限界があります。原則として予約制ではなく、そのため混み合う際には長時間お待ちいただくことがあります。
美容再診中心の予約診療は、保険診療に比べて高額なご負担をお願いする以上、できる限りお待たせしないような工夫から生まれた方針です。

美容診療を中心とした患者さんには再診やレーザー治療に関して電話予約が取れるようにしております。自費治療のカード支払にも対応しています。保険診療の患者さんにも、予約料をご負担いただくことで予約をお取りいただけるようにしております。(予約時間に遅れた場合、別の患者さんの診療に入ってしまうことがあります。)

すべてのレーザーの基本は波長、パルス幅、フルエンス(エネルギーの強さ)の組み合わせです。 ハンドピースの皮膚との距離や角度が治療成績に大きく影響します。これらを総合的に判断するには技量が必要です。レーザー治療は、以前はレーザー手術と呼ばれていた通り、技術を要する医療行為です。大江橋クリニックでは、レーザー照射は必ず医師が直接行います。

医師の指示があれば看護師が照射することも違法ではありませんが、医療行為である以上医師の明確な指示なく勝手に行うことはできません。シミやあざのレーザーだけでなく脱毛やケミカルピーリングについても同じです。残念ながらきちんと守っていない施設もあります。

毎年新しいレーザー機器がたくさん発売されますが、画期的なものはむしろ少ないといえます。皮膚の状態に合わせて設定を変えること、照射回数や順序を工夫することで、同じ治療でもできるかぎり効果が上がりダウンタイムがなくなるように努力していきます。

大江橋クリニック誕生までのエピソード

大江橋クリニックは、形成外科医長として京都市北区にある城北病院(現・北山武田病院)に勤務していた井上研と、関西医科大学皮膚科に籍を置きながら開業準備のため様々な病院で研修を重ねていた小川基美が、2005年に出会い、お互いの診療方針と患者さんに向き合う姿勢に深く共鳴し、一緒に仕事をする場所を求めて作り上げてきたクリニックです。

病院勤務では限界がある。なんとか自分たちの思いをストレートに表現できる場所を作りたい。そのためには、自分たちだけで開業するしかない。
そうした思いから、病院を退職して開業場所を探し始めたのは2006年のはじめ頃でした。
東京、名古屋、京都、神戸、様々な都市が候補に挙げられました。札幌にも福岡にも調査に行きました。

色々悩んだ末あるビルの6階を借りてクリニックを構えることを決心し、ほとんど契約寸前まで行った時に、大江橋北詰に5階建ての新築ビルができたことを知りました。
当初考えていたようなワンフロアを間仕切りするというスタイルでなく、小さなビルをまるごと縦に使うという新たなコンセプトは、色々な意味でチャレンジでした。
しかし、最上階に広くて明るい手術室、統一感を持ちながら各フロアで異なるデザイン、フロアごとに個室感覚で使える上品な待合室、といった様々なアイディアが形になり、従来のビル診療所とは一線を画するクリニックとしてスタートすることになったのでした。

ビルは大阪市役所の北向かい、御堂筋の大江橋北詰交差点から少し東側に入ったところにありました。クリニックの名称は、現在では美しくライトアップされるようになった「大江橋」から取ることにしました。
その後平成20年10月には京阪電鉄中之島線が開通し、その名も「大江橋駅」が誕生、そのすぐ後には大江橋が淀屋橋と共に重要文化財に指定されました。

大阪の地名としてはあまりメジャーではなかった大江橋も、大江橋クリニックの成長と軌を一にして徐々に多くの人に知られる地名になって行きました。

当時淀屋橋駅周辺には、半径500メートル以内に皮膚科も美容外科も一軒もありませんでした。私たちは、自分たちの医療をこの場所で実践するために高く旗を上げたいと思いました。
当時御堂筋の阪神高速沿いに並んで掲げられていた看板は、淀屋橋交差点から梅田方面を向いて左から「関西ペイント」「東芝」「リコー」「セキスイ」そして「アップル」でした。(現在は時代の趨勢に連れほとんどの看板が姿を消しています。)いずれも日本で、世界で一流の企業です。その中に割って入る形で、私たちはクリニックの看板を、思い切り背伸びして掲げました。

個人開業の診療所の名称は「苗字+医院かクリニック」と決まっています。保健所がそのように指導しているからです。しかし院長の名字は井上。井上医院は大阪だけで50軒以上あり、新規開業してもインパクトはないし混乱が増すばかりです。どこの井上医院ですかと言われるに決まっています。
そういうわけで「地名+クリニック」は「その地区で一番の医療施設という『誤解』を与えるので」本当は好ましくないと言われたのですが、大阪市保健所には「大江橋は橋の名前というピンポイントであって付近一帯を指す地名とは言えない」という理屈っぽい理由書を出して「大江橋クリニック」という名前をつけました。(当時大江橋駅はなく、大江橋が重要文化財に指定される前で、知っている人はほとんどなかったので、その理由で通りました。)
開業当時はどこに行っても大江橋を名字と思われて、大江橋先生と呼ばれて、それはそれで困ったものでした。

大江橋クリニックの前身

昭和51年度第8回中部建築賞入選作品

これが父が叔父と共同で診療していた、正真正銘の井上医院。建築賞もいただいた4階建ての建物は外観こそ綺麗でしたが老朽化が進み、数年前に解体されました。

昭和51年、当時株式会社日総建の役員をしていた、建築家の叔父・故・中村晃の基本設計により竣工した当時の井上医院。写真では見て取れないが、壁面煉瓦色陶板タイルは叔父が1枚ずつ選別して色むらの少ないものを選んで施工されており、同種の建物にはない落ち着いた色調で周辺の緑に溶け込むよう配慮されました。

将来の拡張や増築、メンテナンスに備え様々な工夫が施されており、水道・電気回路なども独立した2系統が重複して配管されるなど緊急時にも対応できる冗長性を備えていました。地上4階建ですが基礎は洪積層を貫いて花崗岩の岩盤に達し耐震性を確保(現在は当たり前になっていますが、当時の耐震基準を遥かに凌駕していました)。当時主流となっていた杭打ち機による鉄骨打ち込みでなく、周辺環境に配慮した騒音の少ない地盤の掘り下げとボーリングによる基礎孔掘削、コンクリート杭の挿入といった経費より安全性・静粛性を優先した基礎工事も、地域の賞賛を浴びました。

同年の中部建築賞受賞作品はほとんどが地方公共団体、学校法人、一部上場企業によるものであり、個人の建築物としての受賞は珍しい事でした。

下の写真は解体され、跡地が公園となった「井上医院」跡。

現大江橋クリニック院長・井上 研の父・故・井上武雄は、昭和38年7月1日に「井上外科医院」を開業し、その後亡き叔父・耳鼻科医の井上孝雄と協力して「外科耳鼻科・井上医院」と改称して共同で診療にな立っていました。昭和52年には入院病床も拡張した新館を建築して移転。
休む事なく診療を続けて来た「井上医院」は、2009年12月末をもって「休診」し、その後閉院してその役割を終えました。
父と叔父によって半世紀近くにわたって維持された「井上医院」の、地域医療をにない患者さんを大切にする精神は、名称と場所を新たに2006年12月1日開業(保険診療は2007年1月4日開始)した「大江橋クリニック」に発展的に受け継がれています。

井上医院があって
現在の大江橋クリニックがあります

移転前の初代大江橋クリニックの玄関。当初事務所として建てられたためバリアフリーではなかった。

父は東大と並んで古くから脳研究所のあった新潟大学医学部を卒業し、戦後まだ日も浅い当時日本では珍しかった「脳神経外科医」として医師の活動をスタートしました。学位論文でもある「小児脳腫瘍の臨床的研究」は新潟大学脳研究所で行われた小児脳腫瘍の治療を分類評価したもので、当時の脳神経外科研究の標準的引用文献となったようです。
一方で皮膚科にも興味を持ち、見学にいったところ翌日には皮膚泌尿器科学教室に机と椅子が用意されていて困ったという話を聞いた事があります。

その後、秋田県、山形県、新潟県などの基幹病院で一般外科医としても研鑽を重ね、昭和38年に郷里に帰って「井上外科医院」を開業しました。(写真は開業直前、外科部長として勤務していた新潟の病院)

当初、外科、肛門科などを標榜して診療を開始した「井上外科医院」は、その後同じ新潟大学医学部出身の耳鼻科医である叔父を迎えて、「外科・耳鼻科 井上医院」となり、更に放射線科、皮膚科、内科と診療科を増やして発展して行きました。
叔父の病死により耳鼻科診療は休止となりましたが、現在まで多くの患者さんに恵まれ、長く診療を続けて参りました。

まだ形成外科という言葉すらなく、概念も定かでなかった当時から、父は「手術の傷跡をきれいに治す」ことを心がけており、米国で発表された論文に触発されて皮下連続縫合による皮膚表面に糸の跡を残さない手術などを行ったり、美容外科的な「でべその手術」などの各種手術法を工夫してきました。
また、現在の大江橋クリニックにも受け継がれている「痛くない注射のしかた」を工夫し、井上先生の注射は痛くない、と患者さんの評判を得ていました。

脳外科医としての修練を積んだ父は、脳の構造と機能に関心を持つばかりでなく、なぜそうなるのか、理論的背景を重視した診療を行ってきました。その考え方は、現在大江橋クリニックの院長となった私にも大きな影響を与えています。

大江橋クリニックのこれから

大江橋クリニックが誕生した2007年、まだ私たちは気づいていませんでしたが、世界は大きく変わろうとしていました。それから10年以上が経ち、世界の急激な変化とともに、大江橋クリニックも成長を遂げました。

私たちが開業した2007年は、実は世界が変わった年でもあります。

1月4日、大阪市内の各家庭や会社では、お正月休みが終わって初出勤の朝の新聞の折込チラシの一番上に、「今まで治療をあきらめていませんでしたか?」という大江橋クリニックの開院チラシを目にした筈です。(このチラシを持ってタクシーで駆けつけてきたくださった患者さんもいました。)

奇しくもその5日後、1月9日、所はサンフランシスコ。世界を変える衝撃の発表が行われました。その会場には、こんなキャッチコピーが掲げられていました。

The first 30 years were just the beginning. Welcome to 2007.
(これまでの30年は序章に過ぎなかった。ようこそ、2007年へ。)

そうです、この年、iPhoneが世界に向けて発表されました。

10年前、iPhoneを知っている人は誰もいなかった

世界は初めてiPhoneを知り、今ではiPhoneをはじめとするスマートフォンは世界を全く変えてしまいました。

10年前、大江橋クリニックもこの世に生まれた

世界を変えたAppleと比較するのは大げさすぎますが、私たち大江橋クリニックもこの年生まれ、その後の10数年で確実に地域医療を変え、それまでの30年培った志を徐々に実現してきました。

今後の10年、また世界は大きく変わることでしょう。
10年後私たちも変わっているはずです。医療のAI化は進み、遠隔診療もロボット手術も普及しているでしょう。通院しなくても自宅で診断を受け、薬を送ってもらう世界はすぐそこです。医師のいない医療施設に通ってレーザーで皮膚を切開したり、自動縫合器で縫ったり、テープを貼ったりもできるかもしれない。
しかし、皮膚の微妙な手触りやかすかな匂い、湿り気や厚さは多分まだ、間に電波を介しては伝わらないでしょう。メスで切開を入れる時の手応えから瘢痕の流れを知り皮膚の伸びやすい方向を予測し、皮弁のデザインに微調整を加えるロボットは開発されないでしょう。照射した瞬間の反応を見てレーザーのハンドピースを僅かに遠ざけたり、オーバーラップする範囲を数%増やしたりする自動レーザー照射機は実現しないでしょう。

誰でもできるように医療は進化していきますが、職人技は残るはずです。その時こそ大江橋クリニックの強みは発揮されていくと思います。
その時どこで診療しているかはわかりませんが、10年後の大江橋クリニックは今よりもステップアップしていると信じています。今はまだ実現していない私たちの医療の理想形を、インターネットを通じてだけでなく、通院される皆様に直接お伝えできたらと思っています。

これからも大江橋クリニックをよろしくお願いいたします。