耳介血腫
耳の軟骨は、教科書などには記載がありませんが前葉と後葉の二枚が貼り合わされたように形成されると考えています。耳介の複雑な形が形成されるためにはそう考えた方が都合が良いからですが、実際に耳介偽嚢腫などの手術をしていると、前後2枚の軟骨の中にリンパ液が溜まっていることがあります。その軟骨の周囲をぴったりとラップしたように丈夫な軟骨膜が覆っています。
打撲やスポーツなどの強い衝撃を契機として、刺激によって軟骨と軟骨膜の間に出血すると、軟骨膜の内部に血が溜まり軟骨も変形して膨れてくる事があります。軟骨膜が内側から圧迫されて強い痛みを生じます。
きわめて早期であれば、内部の血液を抜き、麻酔の注射をして裏と表からキルティングのように糸で縫い合わせる事で元に戻すことができます。(残念ながらこの治療法は保険適応の項目がありません。溜まった血を抜く処置しか明示的に認められていません。)
圧迫しておく期間は最低2〜3週間は必要です。時々、お医者さんに指で押さえておけといわれた、とか、スポンジをテープで止めて明日まで外すなと言われた、とかいう患者さんがいるのですが、そんなに短時間でくっついてしまうような簡単なものではありません。縫合しない場合、何度も再発することが少なくありません。
再び血が溜まらないように皮膚と軟骨膜の一部を切除して穴を開けておく事も有効な手段ですが、血が流出してくるためガーゼを当てるなど術後の処置が煩わしいことが多く、また通常比較的目立つ傷が残ります。(これは保険適応があります。耳介血腫開窓術)
時間が経ってしまった場合
ある程度時間が経つと、血液の細胞成分が破壊吸収されるとともに、軟骨膜の直下に新たに薄い軟骨ができ、永続的なカプセルが形成されて中に体液がたまった状態が続き、「嚢腫(袋のできもの)」のように安定化してしまいます。更に内部の軟骨細胞が増殖して塊状の軟骨を形成し、いわゆる柔道耳のように変形することもあります。
こうなると、軟骨の一部を切除して形よく削りなおし、耳の形を再建する必要も出てきます。
このような場合、耳介形成手術として健康保険を適応しても良いだろうと思うのですが、診療報酬規定に明示的な記載がないため保険適応が認められるかどうかは今のところ保険者(支払い側)の意向もあり確定したものではありません。(現在のところ、当クリニックで手術した場合、詳細なコメントをつけることにより保険適応が認められることが多いのですが、最近は支払いを拒否される例も出始めています。今後は耳介形成術全般に自費に移行せざるを得ないかもしれません。)
手術例(前葉の軟骨を切除して皮膚を戻し、完治した)
耳介偽嚢腫
耳介血腫と似た疾患に「耳介偽嚢腫」があります。臨床の現場では、耳介血腫と区別されずに治療されていることが多いようです。しばしば混同されて記述がちぐはぐになっていることがあり、耳鼻科医のサイトや医療専門のサイトでも両者を区別しないためわかりにくくなっている場合があります。
耳介偽嚢腫は1966年にEngel D.が世界で初めて報告したもので(Pseudocysts of the auricle in Chinese. Arch. Otolaryngol. 83:197-202 1966)、日本では1987年に小宗らによって初めて報告されました(耳鼻と臨床 33:789-791 1987)。特にはっきりした外傷の既往がなくても起こり、いわば突然耳が腫れてくるもので、内容液も血液ではなく黄色調透明ないわゆるリンパ液です。無痛性のことが多いようです。更に内部の細胞が増殖して不完全な軟骨を形成し、いわゆる柔道耳のように軟骨の塊を形成することもあります。(下の柔道耳参照)
軟骨細胞から放出されるLDH4, LDH5, IL-1, IL-6 などにより、慢性の炎症による軟骨破壊と軟骨増生が同時に起こり軟骨内に隙間ができる(intracartilagenous space formation)ことが誘因になるという説があります。表と裏の2枚の軟骨が剥がれてその間に液体が溜まるのが特徴です。(耳介血腫では出血部位は軟骨膜と軟骨の間です。軟骨の中には血管がないため、基本的に軟骨の内部に出血することはありません。)内容液を完全に抜いて長期間しっかり圧迫できれば治るようですが、時間の経ったものは瘢痕化していることが多く、膨らんだ前面の軟骨をきれいに切除することが治療の決め手になります。
このような場合、耳介形成手術として健康保険を適応して良いと思うのですが、診療報酬規定に明示的な記載がないため保険適応が認められるかどうかは保険者(支払い側)の意向もあり確定したものではありません。(現在のところ、当クリニックで手術した場合、詳細なコメントをつけることにより保険適応が認められることが多いのですが、査定される事例も出始めています。今後は耳介形成術全般に自費に移行せざるを得ないかもしれません。)
※ 耳介軟骨炎・軟骨膜炎
耳介血腫や耳介偽嚢腫に続発して、感染などを契機に強い炎症が起こり、軟骨が溶けて吸収されてしまうことがあります。軟骨膜炎そのものは強力な抗生物質や消炎剤を投与することで収まりますが、軟骨内に血管が無いことや細菌と白血球の戦いの場となる結合組織が貧弱であることなどから、治癒するまでに時間を要し、その間に軟骨が高度に変形することがあります。
変形した耳介軟骨は切除したり削ったりして形を整えますが、軟骨移植術が必要になることもあります。
この症例では崩れた耳介軟骨の位置をずらして形を整えましたが、支える力が不足してやや後戻りしてしまいました。