耳介軟骨の特別な性質を詳しく知る
耳介軟骨の性質
耳介軟骨は弾性軟骨といって肋軟骨や関節軟骨、鼻の軟骨などとは違う特殊な性質があり、この性質を持つ軟骨は他には耳の奥の耳管と喉の奥にある喉頭蓋軟骨だけです。柔らかくて弾力があり、元の形に戻ろうとする性質が非常に強いため力で曲げても後戻りしやすく、戻らないように曲げるには、この性質に対する知識と「コツ」が必要です。
耳介軟骨の基本構造
人体の軟骨組織は、基質となるコラーゲンなどの成分の違いによって硝子(しょうし)軟骨、線維軟骨、弾性軟骨に大きくわけられます。膝などの関節軟骨や肋軟骨、鼻の軟骨など多くの軟骨は硝子軟骨と呼ばれ、軟骨基質は硬くて圧迫に強く丈夫です。しかし長い間には徐々に傷んで減少し、再生力が弱いという欠点を持っています。
一方、耳介の弾性軟骨は、基質の中に含まれる弾性線維が非常に多く、その名の通り弾性に富んでいます。(鼻の軟骨も弾性線維を多く含んでいるので、硝子軟骨ですが弾力があります。)
弾性、弾力とは変形しても元に戻ろうとする力のことで、ゴム製品を想像していただければ良いと思います。このため耳介の軟骨は長い間力を加えて変形させていても、その力を解除すれば元の形に戻ろうとします。
手術で耳の形を変えようとした場合、この性質が邪魔をしてなかなか思った形に落ち着いてくれません。
じつは、耳介軟骨の曲げにくさの原因はこれだけではないのですが、それについてはこの後詳しく説明します。
耳介軟骨の成長と耳の形態
耳介は胎生期の中頃、手足の指が一本ずつに分かれていく頃に、これと並行して6つの耳介小丘という膨らみが融合して発達していきます。
一つに融合した耳介軟骨は図のようにとても複雑な形をしています(Spalteholzの解剖図譜より引用)。
軟骨のない耳たぶを除き、耳介の前面はこの軟骨の上に薄く皮膚を被せただけの単純な構造です。後ろ側に(本来ならば耳を動かせるはずの)筋肉や太い血管、神経が分布しています。手術をするときに耳の裏側からアプローチをすると、これらの血管や神経を避け、筋肉を切断し、分厚い皮膚の奥にある軟骨を半ば手探りで扱うことになり、細かい作業は困難です。大江橋クリニックの耳の手術では耳の表側を切開することが多いのですが、それはこうした理由によります。
※ もちろん、表側に傷をつけることになるので、切開する位置や縫合にはかなり気を使います。
耳介軟骨の形成異常を治す
複雑な成長過程を辿る耳介は、ちょっとしたきっかけで折れ曲がる方向が変わったり、融合し損なったり、一部の成長が遅れたりします。重症であれば小耳症のように外耳だけでなく内耳まで含めて片方の耳が極端に小さくなってしまうこともありますが、そこまで行かなくてもちょっとした欠損や成長障害などで解剖の教科書に書いてあるような耳とはずいぶん形が違ってしまうことは稀ならずあり、多くの人は左右の大きさや形が微妙に違っているのがむしろ普通です
折れ耳や立ち耳、スタール耳などと名前がついていても、実際には人それぞれに「正しい耳」になれなかったポイントの場所が異なるため、一人として同じ形の障害はありません。そうした意味では治療は極めて個人的でオリジナルなものになります。(写真はどちらもスタール耳)
二重瞼や眼瞼下垂などの治療と大きく異なるのはこの点で、耳の手術はそうした定型的な手術ではなくむしろ傷跡の手術と似た面があります。(ケガによる傷の形も人によって異なり、同じ形の傷になることは非常に稀です。)
ですから耳介形成術は一つずつが全く違う手術になりますし、特定の(小耳症や耳輪埋没症など)同じようなやり方である程度うまくいく手術を除いては〇〇法、という決まった術式が現れにくく、その場その場での細かな判断が重要になってきます。
耳介軟骨の外傷と変形
普通に成長した耳も、外力によって変形してしまうことがあります。ケガでちぎれればもちろんですが、打撲で血が溜まったり、軽度な刺激を繰り返すことで内部にリンパ液が溜まったり、炎症を起こして溶けてしまったりすることもあります。軟骨には本来血管のような酸素と養分を運ぶ仕組みがないので、一度ダメージを受けると非常に治りにくいのです。(写真は軟骨炎で軟骨が溶けてしまった耳)
軟骨は軟骨膜という丈夫で薄い結合組織でタイトに覆われていますが、これが断裂すると非常に痛いだけでなくしばしば出血します。軟骨膜には耳介軟骨本体とは違って血管と神経が豊富に分布しているのです。
そして出血することで軟骨膜に含まれる軟骨の元になる幹細胞が増えて、その部分の軟骨が増殖します。柔道耳や古い耳介血腫などでは、耳介が分厚く盛り上がっていわゆる「ぎょうざ耳」と呼ばれる状態になりますが、その餃子の「あん」はケガの刺激で不規則に増殖した軟骨の塊です。
5年にわたるいじめで殴られ続けたことによる耳介の変形の例
作業に使う棒のようなもので5年にわたり仲間から殴られ続け、出血を繰り返して変形してしまった耳。耳介の内部には新生した軟骨の塊が充満しており、切除するとなんとか耳の形らしくなった。
研修医を終えて一人で手術できるようになって間もない頃の症例です。耳の強い変形を手術するのは初めての経験で、深追いして軟骨を切り取りすぎると耳がなくなってしまうのではと心配でした。まだこれ以上綺麗に治す腕がありませんでした。今ならもう一度手術させてもらって、不必要な部分を薄く削り凹凸のはっきりした耳に仕上げると思います。
