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レーザーのお話
〜 about History of LASER〜

Laser

レーザー治療を始める前に、レーザーについて知っておきましょう

レーザー発明の歴史からお話をはじめ
日本におけるレーザー治療の発展と
大江橋クリニックのレーザー治療についてお話しします


レーザーを様々な治療に使うようになるまで

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レーザーの理論や発明の歴史については様々な資料があり本もたくさん出版されています。ここでは大江橋クリニックの院長が患者さんに説明する際にお話しする内容を簡単にまとめてみます。興味のある方はご一読ください。

レーザーの理論と実用化の歴史(あらすじ)

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レーザー(LASER: Light Amplification by Stimulated Emission of Radiationの頭文字を連ねた造語 直訳:放射の誘導放出による光の増幅)の基礎となる理論は1917年、アインシュタインによって提唱されました。
最初は電磁波(マイクロ波)の性質に関する理論であったのでメーザー(MASER)と呼ばれていましたが、1959年に光(可視光も電磁波の一種です)でもメーザービームが発振できることが示され、しばらくはOptical MASER(光学的メーザー)と呼ばれていたのですが、後にM(マイクロウェーブ)をL(ライト)に変えてレーザー(LASER)という言葉が生まれました。

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翌1960年に、最初のレーザー機器(ルビーレーザー)がアメリカでメイマンにより試作され、その有用性からすぐに軍事目的で実用化されました。
※ 左図はルビーレーザーの模式図。サイエンスグラフィックス社のサイトから引用させていただきました。

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メイマンが初めてルビーレーザーを発振させた5月16日には、毎年国際光年の記念行事が行われています。
(第1回国際光年はアインシュタインが誘導放出の基礎になる光電効果について発表した1905年の100年後、2005年)

その後1960年代後半には皮膚科医ゴールドマンによりレーザー光をあざの治療に用いる試みがなされ、レーザーが医療の世界に進出してくることになります。

タイムライン

1917年
アルバート・アインシュタインが、レーザーの基礎となる電磁波の誘導放出現象を予測した。
1939年
バレンティン・ファブリカントが、電磁波の放射を増幅する誘導放出を理論化。
1950年
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チャールズ・タウンズ、ニコライ・バソフおよびアレクサンダー・プロクロフが誘導放出に関する量子理論を発展させ、マイクロ波の誘導放射を実験により実証した。彼らはこの画期的な研究により後にノーベル物理学賞を受賞する。
※ 写真は(上)タウンズの実験機、(下)ノーベル賞を受賞した3人(プロクロフとバソフの研究室にて)
1959年
コロンビア大学の大学院生、ゴードン・グールドが、光の増幅にも誘導放出が利用できると提唱。彼はコヒーレントな(波長の揃った)光の細いビームを生成できる「光共振器」の概念を示し、それを「放射の誘導放出による光の増幅(LASER)」、つまりレーザーと名付けた。
1960年
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セオドア・メイマンが、カリフォルニア州にあるヒューズ研究所で最初のレーザー機器にあたる実用試作品を製造。このレーザーは、媒質としてルビーを使用し、694.3nmの波長をもつ強力な可視光線ビームを放出した。
ルビーレーザーの最初の用途は軍事においての距離計測であった。
※ 左はメイマンと彼が最初に制作したルビーレーザー
この後引き続いて、様々な媒質を用いたレーザー機器が続々と開発される。同年He-Neレーザー、翌年にはガラスレーザーそして翌々年にはYAGレーザー、色素レーザー、GaAsレーザーが発明された。
1963年
AT&Tベル研究所のクマール・パテルが炭酸ガス(CO2)レーザーを開発。CO2レーザーは連続発振ができることに加え、ルビーレーザーよりもはるかに低コストかつ高効率であり、50年以上に渡って最も普及した工業用レーザーとなった。
現在も次々と各種媒体によるレーザー機器が開発されており、医療に応用されるレーザーだけをみても、アルゴン、エルビウムガラス、エルビウムYAG、ホルミウム、エキシマ、ダイオード、アレキサンドライト、CuBrなど様々な媒体から、周波数変換技術なども利用して三十種類以上の波長に及んでいる。
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1974年に皮膚科医としてあざの治療に取り組んでいた大城が、レーザー治療の先駆者レオン・ゴールドマンに師事するため渡米して、ルビーレーザーによるあざの治療法を学び、帰国後静岡で日本で初めてあざのレーザー治療を開始します。
※ 写真は大城クリニックのサイトより引用
当時は医療用のレーザー機器は国内に存在しなかったため、工業用ルビーレーザーを独自に改造して治療にあたったのです。(下の写真は大城クリニックで改造され日本初の治療に使われたルビーレーザー)

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※ 初期のレーザー治療に関わる様々なエピソードを、大城クリニック勤務時代に大城先生から直接お聞きしたことがあります。日本のレーザー治療は単にアメリカから治療用の医療機械を買ってきて始まったわけではありません。先人の様々な工夫と苦労があって現在に至っています。
ルビーレーザーは最初血管腫の治療に用いられたのですが、吸収特性からメラニン色素の多い青あざの治療に適していました。日本には白人には少ない特有の青あざ(太田母斑や異所性蒙古斑)の患者さんが多いため、ルビーレーザが大活躍することになります。血管腫には赤い色に反応性の良いアルゴンレーザー、さらに選択性の良い色素レーザーが用いられるようになって、治療の選択肢が増えていきました。
1977年東京に移った大城は本格的なレーザー治療専門の施設を作り、1日に数百人の治療を行うようになります。一方その頃にはルビーレーザーに続いてCO2レーザーやYAGレーザーなど様々な医療用レーザー機器が現実のものとなり、次々と輸入されて様々な疾患の治療に用いられることになりました。

関西のレーザー治療の歴史

大江橋クリニックの院長が医師となり研修をしていた平成の初め頃には、東京だけでなく名古屋、大阪、京都、福岡などにレーザー治療を行う医療施設が次々と誕生していました。特に関西では京都の冨士森形成外科、城北病院形成外科、大阪の葛西形成外科、和歌山の角谷整形外科病院などに次々と各種レーザー機器が導入され、レーザーを学ぶのには格好の環境と言えました。(上記4施設はいずれも京都大学形成外科学教室の同門会の先生方が主宰されており、大江橋クリニック院長の先輩に当たります。)

SPTL1

研修医として初めて使用したレーザーは兵庫県立尼崎病院に導入された、レーザーメスとして用いる連続発振式YAGレーザーでした。翌年には冨士森形成外科でPDL(パルス発振式色素レーザー)を用いた血管腫の治療を学び、鈴木先生のもとで城北病院に関西に初めて導入されたQスイッチ式YAGレーザーで、茶あざ(扁平母斑)や刺青(イレズミ)の治療も研修しました。和歌山の角谷整形外科病院に出張して、新たに導入されたYAGレーザーを使ってあざの治療も行っていました。葛西先生は大阪の中央区本町にレーザー専門のクリニックを立ち上げ、各種レーザーを揃えて全国から殺到する患者さんの治療を行うようになっていきました。(写真は当時赤あざの治療に用いられていたキャンデラ社のSPTL1。当時は故障するとアジアに3人しかいないサービスマンをシンガポールから呼び寄せたりしていた。)

その後のレーザーとの関わり

その後京大形成外科教室の人事異動に伴いレーザー設備のない国立病院や市民病院勤務となりましたが、和歌山角谷病院でのレーザー治療は月に数回ですが出張して行っていました。しかし、ドイツに留学することになり国外にいた2年間は、手術研修が中心でレーザー治療を行う機会がありませんでした。

大城先生との出会い

帰国して最初の勤務先は東京の大城クリニックでした。上にも書いたように、日本で最初にレーザー治療を始めた大城先生のレーザー治療専門クリニックです。当時は信濃町駅ビルに移転して数年たち、銀座に美容専門クリニックも立ち上げていました(その後閉院)。その高名な先生のもとで改めてレーザーの基本を学び直すことになったのです。
大城クリニックには当時最先端の脱毛用アレキサンドライトレーザーが7台もあったのをはじめ、様々な種類のレーザーが数十台揃えられ、毎日きちんとキャリブレーションして各種データが整理されていました。また毎週水曜日の朝7時から様々なレーザーの専門家を招いて勉強会をし、医師たちが分担してレーザー治療の教科書を作るための原稿を書いていました。当時のトピックは、留学からの帰国前年から本格的に日本で始まった「レーザー脱毛」と、大城先生が始めた世界初と言って良い「美容レーザー」の二つでした。二つの最新技術を日本におけるレーザー治療の第一人者である大城先生から直接教えていただいたのは幸運でした。

城北病院でのレーザー治療

その後京都に戻り、研修医時代にも関わっていた城北病院においてメディカルエステ(という言葉と概念は城北病院発祥だと思います)を立ち上げた鈴木先生の後任として、メディカルエステと組み合わせる美容レーザー治療の開発に関わり、それが開業してすぐに開始した美容レーザー総合コース(お肌デトックス)につながります。
お肌デトックスとその上位バージョンの大江橋マジックは、大城先生の始めた世界初の美容レーザー治療(ラ・ジュネッセ)と鈴木先生の始めた日本初のメディカルエステ治療を融合させた、直接の発展形であると言っても良いと思います。

レーザー治療に携わるようになって30年以上が経過しました。

医師になって初めて医療用レーザー機器を扱った当時と比べて、確かにレーザーが進歩したと感じるのは、
(1) 電源が安定し、100Vのコンセントでも安定して使用できるようになったこと、
(2) 大口径・高出力のパルスが1秒間に数ショットという速さで照射できるようになったこと、
(3) わずかな電圧のふらつきでも壊れ、微弱で不安定で実用にならないと言われていたダイオードレーザーが安定して高出力で発振できるようになり、脱毛レーザーとして主流になったこと、
(4) 一つのレーザー源からフィルター等を使用して波長の異なるレーザーを導出できるようになったこと、
(5) 1台の機器に複数波長のレーザーが搭載できるようになったこと、
(6) 様々な波長の機器が上梓されて治療の選択肢が増えたこと、
(7) ピコセカンドクラスのパルスレーザーが出てきたこと、
そして、なんと言っても
(8) レーザー機器が非常に小型化されたことでしょうか。

(7)に関しては、パルス幅数百ピコセカンドとナノセカンドより更に短い時間で照射できるQスイッチがつき、熱を利用せず衝撃波で治療するというコンセプトから一般にもピコレーザーという名前で広まったのですが、実際にはQスイッチの改良でパルス幅がそれまでの約10分の1になったものの、百ピコセカンドは10分の1ナノセカンドですからピコ(ナノの千分の1)レーザーと呼ぶには少し力不足で(サブナノ、くらいが適当?)、当初期待されたほどの劇的な進化ではなかったような気がします。今後の発展に期待しましょう。

使いこなす技術の面では、冷却装置の改良で皮膚面に蓄積する熱量を抑えることによりレーザーで脱毛ができるようになり、更にはダウンタイムのない美容的照射法が広まり、フラクショナルレーザーという概念が生まれたことが画期的でした。
さまさまな照射法が標準化され、タッチパネルなども搭載され見やすくプログラム化されて、必ずしも知識の十分でない施術者でも比較的安全に照射できるようになったことも挙げておきましょう。
ラジオ波などと組み合わせてより深い治療が可能になり、複数の波長を組み合わせて同時に治療する方法(マルチプレックス治療)も開発されました。

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しかし、変わらないこともたくさんあります。
結局レーザー治療の仕組みは、(ピコ秒レーザーや低出力レーザーなど一部を除き)光を生体に吸収させて特定の物質を加熱し、熱によって破壊変成した組織が回復するのを待つ、という単純なものです。どの部分をどの程度加熱し、他の部分を熱から防ぐか、ということにつきます。
人間の皮膚は非常にデリケートなので、設定を機械に任せていては適切な治療はできません。1ショットずつ、皮膚の反応を見ながらエネルギーを微調整する技術こそが、良い結果を生む、という原理は今後も変わりそうにありません。

レーザーの概念を簡単に

古典的(ニュートン力学的)には、光は光子という小さな粒子が秒速30万キロという超高速でまっすぐ飛んでいくものと考えられ、光のエネルギーは単純に光子の数で測られることになります。
しかし電磁気学では光は波動(電磁波)の性質を持ち、波長によって色やエネルギーが変わるだけでなく進行方向に向かって波の向きが回転したり、媒質の中で屈折したり干渉したりします。このため身近なものに例えて説明することがなかなか困難です。

物質は加熱されるなどしてエネルギーが高まると、そのエネルギーを放出して元に戻ろうとするのですが、物質によってエネルギーの放出の仕方に特徴があり、特定の波長の光を放出する場合があります。こうした物質をレーザー媒質と言います。レーザー媒質にその特定の波長の光を照射すると、入力された光に誘導されて全く同じ波長の光を大量に放出して、光の増幅が起こります。この時誘導される光は波長だけでなく回転の方向や位相が完全に揃っているため、鏡による反射を繰り返してさらに増幅し、拡散することなく一定の方向に直進する細いビームにすることができます。
この放出されたビームを鏡などで反射させてレンズで集光し、目的のものに照射することによって対象物を加熱することができます。これがレーザーの主な使用法です。

コヒーレントな光

レーザー光は、媒質と発振の仕組みによって決まる特定の波長(色)をもち、波動としての位相も完全に揃っています。ニュートン力学的にいえばすべての光子が同じエネルギーを持ち、同じ方向に直進するとも言えます。(実は正確な言い方ではないが、理解しやすくするためこのように表現しています。)

この完全に位相が揃った性質をコヒーレンスと言い、コヒーレントな光は光学的な方法で目的のものに正確に照射することができます。ビーム径を絞って高いエネルギーを照射すれば小さな範囲を超高温にすることができ精密な加工に用いることができますし、物質によって異なる吸収曲線を利用して、ある波長を吸収しやすい特定の物質だけにエネルギーを与えることもできます。医療ではメラニン色素とヘモグロビンの吸収率の差を利用した治療機器が多数あります。屈折や反射の方向、吸収率が揃っていることを利用すれば、計測や情報の読み書きにも使うことができます(CDやブルーレイのレーザーピックアップ、距離の測定や物質の濃度測定など)。

物質中で光波が旋回する旋光性という性質がありますが、この性質が光学異性体の向きによって吸収率の差につながるという研究もあり、後述するコヒーレントでない光とレーザーとの生体に対する効果の差を説明するきっかけになるかもしれません。(コヒーレントなレーザー光の方が生体によく吸収されるか、もしくは深達性が良い可能性がある。)

レーザーは普通の光とは違うのか

フォトフェイシャルなどに使うフラッシュランプ(IPL: Intensive Pulse Light)は発光源がレーザー媒質ではないので、単一波長のレーザーとは違い様々な波長の光の混合です。太陽光などと同じで紫外線から赤外線までを含んでいます。ですから、治療に用いるには有害な紫外線や治療の役に立たない波長をカットするためにフィルターを使って一定の範囲の波長のみを取り出します。しかし、回転方向や位相が揃っていないため拡散しやすく一定の方向には飛びません。皮膚に効率よく吸収させるためにはジェルなどを使って皮膚に密着させる工夫が必要です。また様々な物質に吸収されるため、特定の目的物(例えばメラニン顆粒)などに適切なエネルギーを照射することが難しく、有害な副作用を避けるためにはエネルギーを下げて安全性を確保する必要があります。

物質により吸収されやすい波長が決まっているために、特定の波長の光だけを照射することができれば選択的に目的の物質だけを加熱することができます。そこで例えば赤あざの治療に用いられる色素レーザーは、色素の調整によって赤血球のヘモグロビンに特によく吸収される590nm付近に波長が固定されているため、周りの組織を傷めずに血液の流れている血管だけを熱変性させることができますし、水に吸収されやすいCO2レーザーであれば、すべての細胞が水分を含むため無選択に全ての細胞を熱変性させることになります。

最初に赤あざの治療に用いられたルビーレーザーは、実は赤血球にはあまり吸収されずメラニン色素に吸収されやすいため、赤あざの治療には不向きなことが後にわかり、今はメラニン色素の疾患であるシミやちゃあざ、青あざの治療に主に使われています。

まず初めに熱緩和理論

真空中に黒体(全ての波長の光を吸収する黒い物体)の球が浮かんでいるとします。
その球体にレーザービームを照射すると、照射されたエネルギーを吸収して球体の温度が上がります。高温になった球体からは周囲にエネルギーが流れ出します(球体が光り始める)。照射を止めると球体の温度は下がり始めます。ピーク時の温度の半分に温度が下がるまでの時間を測ります。これが熱緩和時間と呼ばれます。

選択的熱破壊理論

熱緩和時間に相当する時間継続して球体にエネルギーを照射すると、その間はエネルギーは球体の温度上昇に使われ、球体から周囲への熱の放射は起こりません。つまり、周囲に熱が漏れることなく標的の物体だけを加熱できます。十分なエネルギーを与えれば物体だけが高温になり熱破壊が起こり、周囲へのダメージを最小限に抑えられます。

脱毛したい毛の毛根を、上記の黒体の球になぞらえます。理論上の熱緩和時間に相当する時間(パルス幅)でメラニン色素に吸収されるレーザー光を照射すれば、周囲の組織を火傷させずに毛根を加熱変性させ、脱毛することができるはずです。これがレーザー脱毛の理論です。

実際にはそんな単純な話ではない

上記の理論に基づいて多くのレーザー脱毛器が作られ、各メーカーが条件を満たすための照射時間や冷却方法等について特許を取得しています。確かにわかりやすく魅力的な理論ですが、実際に運用しいてみると実はそんな単純な話ではないことがわかります。理論通りに照射しても毛は抜けないことがあるし、全く違う照射法でも脱毛が起こることがあります。

最初の前提を思い起こしてみましょう。真っ黒な真球が真空中、なのでした。実際の毛球は球形ではないし真っ黒でもありません。メラニン顆粒をたくさん持って黒いことは黒いが水やタンパクなど色々な物質を雑多に含んだ細胞の不整形の大集団です。周囲は真空ではなく水を含んだ皮膚の細胞や血管、コラーゲン繊維などにぴっちりと囲まれ、血流で絶えず冷却されています。照射した光が毛球に届くまでには何層もの角層で反射、吸収、散乱、屈折が起こり、真皮のコラーゲン層でも吸収、散乱されます。レーザー光そのものは真空中では平行光線ですが、ハンドピースを出た途端に空気中で散乱・拡散し、複雑に屈折して組織中で色々なものに吸収され減衰します。
結局理論は理論であり、実際にはやってみなけりゃわからないのが実情で、おそらくどの施設でも経験則でエネルギーや照射条件を加減しているはずです。経験の少ない施設ほど、メーカーのおすすめ設定で治療して失敗しているはずです。ただ、照射条件を加減する際に、理論的背景がわかっていて工夫するのと、よくわからないが前よりちょっと強くしてみよう、という態度とでは成功率に差が出てくるだろうと予想されます。

治療ターゲットの性質と治療理論の基本は押さえておく

この間より強く当てますね、だけでなく、なぜ前回の脱毛が予定通りの結果を得られなかったのかをきちんと検証しましょう。確かに理論通りにはいかないのですが、それでも理論の意味は勉強しましょう。そういう施設が増えればいいのですが。

低出力レーザーの発展

レーザーが医療に応用された時、最初に登場したルビーレーザー、その後実用化され現在でも眼科や歯科で止血や光凝固などに用いられているアルゴンレーザー、ホクロやイボの細胞を蒸散させる炭酸ガスレーザーなどはいずれも、人体の組織(細胞)を熱変性させて破壊するために用いられました。そのため、レーザーは組織障害性があるのが当然であると長い間考えられてきました。

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しかしレーザー光のエネルギーレベル下げると、非可逆な熱変性(凝固、炭化、蒸散)にまで至らずに生体を穏やかに加熱することも可能になります。この低いエネルギーレベルによる加熱によって、細胞や構成する分子を活性化させられるのではないかという考えが、大城の提唱したLLLT(Low reactive-Level Laser Therapy)であり、そこから現在整形外科等で使用される痛み治療器としての低出力レーザーが生まれます。(現在では疼痛緩和目的の保険適応もあり不妊治療など様々な分野にも応用されています。)

美肌治療にレーザーを用いる

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これをさらに発展させたのが「レーザーによる美肌治療」です。やけどしたりカサブタにならない程度のマイルドなレーザー照射により、皮膚を構成する細胞の新陳代謝が高まり、コラーゲンネットワークが活性化して肌が引き締まるという考え方は斬新で類例のないものでした。大城はこれをHigh(HLLT)とLow(LLLT)との中間という意味でMLLTと呼んでいます。1997年に誕生した美肌治療ラ.ジュネッセの原型です。(図は大城の提唱したレーザーアップル)

大江橋クリニックの行っている美肌レーザー治療の源流はここにあります。1998年に大城クリニックに入職した井上は、美容専門クリニックとして銀座4丁目に立ち上げたばかりの分院に常駐して、大城先生のお手伝いをしながらじっくりと美肌レーザーに適したレーザー照射の技術を学ぶことができました。当時は美肌治療にはアレキサンドライトレーザーが単独で用いられていましたが、大城クリニックでも現在は他機種のレーザー機器を組み合わせてより効果の上がる方法を編み出しておられるようです。
一方井上は京都に移り、かつてレーザーの研修もした城北病院(現・北山武田病院)にあったキャンデラ社(現在のシネロンキャンデラ)のVビームやジェントルYAG、CO2レーザーやルビーレーザーなども使って皮膚疾患の治療に取り組むとともに、併設のメディカルエステで行うイオン導入と、医師が行うケミカルピーリングをレーザー治療と組み合わせる方法を模索します。

メディカルエステと組み合わせればもっとレーザーの治療効果が高まる

城北病院形成外科では、前任の鈴木先生を中心に形成外科、美容外科、皮膚科、美容皮膚科の診療を常時数名の医師が分担して行っており、一つの診療科ながら各医師が半ば独立して自由な診療方針で治療を行っていました。そこに現・大江橋クリニック副院長の小川医師が非常勤で合流し、新風が吹き込みます。様々な治療を一度に行う積極的な新治療法について研究を重ね、自分たちの理想を実現するために、城北病院を退職して独立することにしたのです。

現在行われている美肌レーザー治療の源流はおそらく3つある

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大城クリニックで世界初の美肌レーザー治療が産声を上げて間もなく、他の医師たちも独自のコンセプトで新しいレーザー治療を開始します。20世紀が終わろうとしていた頃、同じようで違ういくつかの美肌レーザー治療が生まれていました。その一つは現在のレーザートーニングに繋がる、Qスイッチ式レーザーの出力を痛くない程度にまで下げて顔全体をスキャンするという方法です。当時のレーザー機器では焦点を合わせるとどうしても皮膚がはじけかさぶたになってしまうため、フォーカスを外して皮膚をかなり遠くから照射する方法が東京のいくつかのクリニックで始まりました。どのくらい皮膚から離して、どのようにスキャンするかはそれぞれの医師のいわば職人芸で、そのままでは標準化できません。そこで(最初はQスイッチYAGレーザーでしたが)焦点を合わせた時に適切な強さで照射できるようにした機器が開発され、レーザートーニングという名前で普及が図られることになりました。

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一方海外では、主にアメリカにおいて、皮膚全体を満遍なく照射するのではなく不連続に点々とレーザーを照射していけば、全体としては大きな痂皮にならず回復の早いレーザーピーリングができるのではないかという考えから、コンピュータ制御で一定の範囲を点状にスキャンするレーザーが生まれます。最初は主にCO2レーザーやYAGレーザーが用いられましたが、欠点は麻酔を必要とするほど痛いことでした。

ヨーロッパを中心とする白人社会の伝統的な考え方だと思うのですが、彼らは目に見えるものしか信じないので、照射した後皮膚を切り取って顕微鏡で精査し、確かに古いコラーゲンが壊れて新しいコラーゲンができていることが証明されなければ効果があるとは認めません。日本で始まったようななんとなく引き締まって肌質が良くなった、というような曖昧な効果では不十分でした。そこでどうしても皮膚が実際に加熱変性し破壊されていなければならない、だがそれを最小限にとどめることでダウンタイムを小さくしようというコンセプトです。もちろん日本でもそうした治療は古くから行われていましたが、それはどちらかというとレーザーを扱い慣れた医師による職人芸的な手作業による「パラパラレーザー」「点々レーザー」として従来の強いレーザー治療の延長と考えられていました。それが欧米の科学技術で自動化されたということになります。

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この考え方が徐々に進化して、フラクショナルレーザーが生まれます。点の大きさを極小にし、密度を上げ、より深くまで加熱していくことが機械の進歩ということになりました。最初日本に入ってきたフラクセルの初期型は点の間隔が1ミリ程度でしたが、徐々に改良され、現在では肉眼で見ることは困難なサイズになっています。

大江橋クリニックでは、美容レーザーは皮膚を破壊するほど強くてはいけないと考えています。現在のフラクショナルの向かっている方向は、皮膚のマイルドな活性化ではなくマイクロ化された破壊的治療のように思います。フラクショナルレーザーとしてアファームを取り入れたのはそうした思いがあったからです。(アファームの波長は上図の左端に相当しますが、大江橋クリニックでは常にエネルギーを最小に絞って治療しています。)アファームというレーザーの具体的説明にについては以下のページをご覧ください。

アファーム

現在検討中です。しばらくお待ちください。