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形成外科診療のコンセプト

こころを癒す医者でありたい

何科に進むべきか

医師国家試験に合格して、さあ何科の医者になろうかと思ったとき、私が興味を持ったのは「脳外科」「精神科」「形成外科」の3つでした。「ひとの心」に関わり、心を癒す医者になりたいと思ったのです。
父が脳外科医だったこともあり、最初は私も脳外科に進もうかと迷いましたが、人の心との関わりでいえば、脳はハードウェア・心はソフトウェアという関係にあり、脳外科ではハードウェアの修理はできても、心と直接向き合う部分が少ないように思えました。

では、精神科はどうか。父の影響で外科系に興味があり、また生来手先の器用さが自慢でもあった私としては、言葉や薬だけで治療するのでなく、自分の手で、メスを持って、直接患者さんと触れあう医者になりたいという思いがありました。そういうわけで、私は「形成外科医」を目指すことになりました。

形成外科は心と向き合う科

形成外科がなぜ「人の心」と直接関わる科なのか、私が医師になった当時は、社会的にもそうした考えはまだ認められておらず、なかなか理解してもらえませんでした。当時、医師の間でさえも、形成外科といえば、傷をきれいに縫ったり、血管をつないで背中の皮膚を胸にくっつけたりという、職人的な技術を磨く科というイメージが強く、今では考えられないことですが、人の心と向き合う科という側面はあまり問題にされていませんでした。

形成外科入局の面接で、当時の形成外科教授・一色信彦先生に、君は形成外科で何がやりたいのかと尋ねられ、「患者さんの心と向き合い、メスで心を癒すための方法を見つけたい」と答えたところ、君は変わったことを考えているな、といわれたことを思い出します。

形成外科は「再建外科」という考え方が主流で、損なわれた形を元に近く戻せば目的は達成され、その結果として患者さんは「幸福になるはずだ」と単純に思われていました。また病気でもないのにもっと美しくなりたいという人を扱う「美容外科」は、病気を治す医学ではなくいわば邪道であり、形成外科医が踏み入ってはならない、いかがわしい分野だと思われていました。美容に手を出すやつは破門だ、と真顔でいわれたものです。

美容と形成外科は別物ではない

皮膚は社交のドレス

しかし、人の心というものは、また形成外科と美容外科の違いというものは、そんな単純なものだろうか、と私は思いました。人の外見は、社会に出て他人と関わるための「社交用のドレス」に当たります。ドレスに穴が開いていたりシミがついていたりすれば、恥ずかしくて人前に出たくなくなるのは当たり前です。だからといって、ツギを当てればそれだけで人は満足するでしょうか。いかにきれいに修理しても、ツギあての衣装では胸を張って歩けません。ドレスには流行もあり、アクセサリーも必要です。

そもそも美容外科を訪れる人は、本当に「人より美しくなりたい」と思っているのでしょうか。本当は、他人が見れば「たいしたことはない」「人並みだ」と見える部分に、なにかしらこだわりがあり、コンプレックスがあり、これさえ「人並みに美しければ」私は幸せになれるのに、と思っているのではないでしょうか。「この程度で十分」「そんなに変じゃないよ」という医者は、そうした「隠れた悩み」に対する感受性が足りないのではないでしょうか。

手術は心を癒す手段

研修医時代、図書館の隅に「形成外科領域の患者の精神的問題」という英語の本を見つけ、英語が苦手な私にはなかなか辛いものがありましたが、忙しい仕事の合間に1冊全部読み通したことがありました。そこに書いてあったことは、まさに私が求めていた問いに対する解答でした。要約すれば、形成外科医は手術という手段を通じて患者の心を癒すのであり、患者の良きパートナーとなって、その人が社会の中で自分の能力を十分に発揮するお手伝いをするのだ、というようなことが書いてありました。

私はその頃、大学病院でいろいろな障害を持った患者さんたちと接して、こんなに大変な障害を持ち、人が見たらぎょっとするような外見(最近はユニークフェースというようです)に苦しみながら、明るく前向きに生きている人たちがいる一方で、たった一つのニキビ痕、指摘されなければわからないような小さな傷、ほとんど誰の目にも触れないであろう服に隠れたあざに悩み、外出もできず結婚もせず、引きこもって過ごす人たちの気持ちをどう解釈したらよいか悩んでいました。結局それは、その人の心の傷なのでした。

目に見える傷を治しても、心の傷に手をつけなければ、患者さんの痛みはそのまま残り、心の傷は新たな「対象」を見つけ出してそれにこだわり始めます。逆に、心の痛みが軽くなれば、以前と同じ傷も気にならなくなってくるのです。私の専門は傷痕治しですが、傷痕は目に見えるものばかりではないと言うことを肝に銘じて診療しています。